■欧州の視聴者のため? 選手を苦しめた1970年の「昼間開催」
ワールドカップのテレビ中継は1954年のスイス大会で始まり、1966年イングランド大会では、「衛星中継」を使って一部の試合が世界に生中継されるようになった。この1966年大会中継は、「サッカー不毛の地」アメリカにサッカーブームを巻き起こし、翌年の北米サッカーリーグ(NASL)誕生の原動力となり、そのNASLがアメリカでのサッカー人口を飛躍的に伸ばして、今日のFIFAランキング女子2位、男子16位につながっている。
そして始まった「テレビ時代のワールドカップ」の影響は、その次の1970年メキシコ大会で早くも表面化する。暑さの厳しいメキシコでは、サッカーの試合は夜に行われるものだったが、1970年大会ではすべての試合が正午あるいは午後4時にキックオフされた。欧州中央時で午後8時と12時。欧州の視聴者に合わせた時間だったのだ。
大会前は標高の高さがプレーに与える影響が懸念されていたが、それ以上に選手たちを苦しめ、試合結果に影響を及ぼしたのは、中天の太陽だった。メキシコシティは北緯19度。6月の太陽は「南中」ではなく、わずかに「北中」する。ピッチ上に自分の影さえできない状況がもたらした暑さは欧州勢に激しいプレーを許さず、「ジョゴ・ボニート(ビューティフルゲーム)」と呼ばれたテクニカルなサッカーでのブラジルの優勝を可能にした可能性は十分ある。
以後、ワールドカップにおけるテレビの存在はどんどん大きくなる。特に2002年大会で放映権料がそれまでの10倍規模に高騰してからは、「テレビのための大会」の色合いを濃くしていく。
つづく

































