1993年の5月15日にJリーグが開幕し、同年の10月28日に『ドーハの悲劇』、そして1997年11月16日の『ジョホールバルの歓喜』を経て、初めてワールドカップ出場を果たした日本サッカー界。このシリーズ連載では、時に人々を歓喜させ、時に人々を悲嘆させた、日本サッカーの歴史を紐解きながら、サッカーに関連する「今日の出来事」を紹介する。
日本代表の歴史的なワールドカップ初戦が、1998年の6月14日にフランス南部ツールーズでのアルゼンチン戦。グループリーグ初戦で過去2回の優勝歴を持つ南米の強豪と顔を合わせた。
岡田武史監督は絶対的なエースのガブリエル・バティステュータに好機を提供するくせ者のクラウディオ・ロペスを封じるため、アジリティーに優れたDF中西永輔を3バックの右CBに起用。終盤までゲームを壊さずにいき、数少ないチャンスを生かすという計算を打ち立てた。
開始30分は失点をしないという合言葉で臨んだが、失点はペースを握られ始めた28分。左サイドバック相馬直樹のパスをさらったMFアリエル・オルテガがMFディエゴ・シメオネにあずけたボールの返りをスルーし、ボールがこぼれる。
これに一瞬速く反応したのがバティステュータで、浮き球を拾ってGK川口能活の鼻先で流し込んだ。
後半に入ると、追加点をうかがいながらスペースを与えないアルゼンチンに日本は反撃のなかなか糸口をつかめない。
終盤に守りのキーマン中西が走力を生かして右サイドに切れ込んでチャンスを演出したが実らず、0-1のままタイムアップのホイッスルを聞いた。シュート数は13対21。「健闘」といえば聞こえはいいが、最小点差が物語る「壁」を思い知らされた「ワールドカップデビュー」だった。
デビューから約33年ーー。日本代表は、日本時間6月15日の早朝5時に北中米ワールドカップの初戦(vsオランダ)を迎える。勝ち点を得るためにも、先制点を奪われてのビハインドは避けたいところだ。













