1993年の5月15日にJリーグが開幕し、同年の10月28日に『ドーハの悲劇』、そして1997年11月16日の『ジョホールバルの歓喜』を経て、初めてワールドカップ出場を果たした日本サッカー界。このシリーズ連載では、時に人々を歓喜させ、時に人々を悲嘆させた、日本サッカーの歴史を紐解きながら、サッカーに関連する「今日の出来事」を紹介する。
観客数は6万6108人で、チケットはゴール裏でも20万円近くで取引されたという伝説のゲームが2002年の6月9日に行われたゲーム。ワールドカップ日韓大会のグループリーグ、ベルギーとの引き分け(1-1)を受けた日本にとっての第2戦はロシアとの対戦だ。
現在の日本サッカー協会会長、CB宮本恒靖を中心にした3バックがフラットに並んでロシアの組織的な攻撃を封じたディフェンスが光ったが、決勝ゴールは伝説のゲームにふさわしい鮮やかなものだった。
ほぼ互角の内容で入った後半、通算の51分だった。左サイドでボールを持ったCB中田浩二が、ゴール前右寄りにいた鹿島アントラーズの同僚FW柳沢敦にロビング、柳沢が左足インサイドのワンタッチではたく。オフサイドぎりぎりで抜け出したMF稲本潤一が右足に乗せてボールをロシア・ゴールに送り込んだ。
同僚のアイコンタクトと、ロビングが柳沢の足元に届く寸前に裏を取った稲本の動きは、いわゆる「3人目の動き」の理想形だった。
地上波の中継は視聴率66%。瞬間最高は80%を超えた。日本人の3人に2人が目にしたワールドカップでの初勝利を経て、ホストの日本は続くチュニジア戦に快勝してベスト16に進出する。
2002年大会において2-0で下したチュニジアとは2026年北中米ワールドカップでも同じFグループとなった。6月21日に行われる24年ぶりの対戦結果はいかに!













