1993年の5月15日にJリーグが開幕し、同年の10月28日に『ドーハの悲劇』、そして1997年11月16日の『ジョホールバルの歓喜』を経て、初めてワールドカップ出場を果たした日本サッカー界。このシリーズ連載では、時に人々を歓喜させ、時に人々を悲嘆させた、日本サッカーの歴史を紐解きながら、サッカーに関連する「今日の出来事」を紹介する。
ワールドカップ優勝経験国7カ国(当時)のうち、2004年に初対戦と最も遅かったドイツとの通算2戦目は、ドイツ・ワールドカップ直前の2006年5月30日にレバークーゼンで行われた親善試合。
0-0で折り返した後半にFW高原直泰の2得点でリードしたが、残り15分から2点を返されての引き分けと勝ちを逃した内容だった。中でも見事だったのが57分の先制ゴールで、相手CKからのカウンターアタックの場面でMF中村俊輔のダブルタッチからのボールをセンターサークル付近にいたMF中田英寿がスルー、FW柳沢敦のワンタッチパスを受けた高原が正面から豪快に蹴り込んだ。8分後には右サイドの崩しから高原が個人技で抜け出して右足で決めて2-0と突き放した。
ここで勝ちきれないのが、まだこの時代の日本。FK2本で効率よく2点を奪われた。
ジーコ監督は「内容には満足している」と話したが、あくまで本番前のトレーニングマッチ。内容的に苦しみながらなんとかドローに持ち込んだドイツは手綱を締め、地元紙で絶賛された高原は本大会では無得点。チームも初戦(1-3オーストラリア)を逆転で落とすと、あっけなくグループリーグで敗退した。
ドイツとの試合で初めて勝利するのはこの試合から16年後のこと。2022年のカタール・ワールドカップの初戦で0-1から2-1として勝ち点3をもぎ取った。











