■静かに定着したサッカー熱

 しかし、このNASL時代は、大きな遺産を生んだ。少年少女へのサッカーの普及である。体をぶつけ合うアメリカンフットボールはあまりに危険だったため、少年少女の間でサッカーが推奨され、それまで欧州からの移民のスポーツと言われていたサッカーが、初めてアメリカ人のスポーツとなった。オランダのウィール・クーバー・コーチが考案した「クーバー・トレーニング」が採り入れられ、ボールテクニックを身につけるとともに少年少女のサッカー熱は定着した。

 少女はそのまま大学までサッカーを続けてアメリカを世界に冠たる「女子サッカー王国」とし、少年たちはやがて欧州のクラブに出ていくようになる。

 そしてNASLの消滅から3年後の1988年、FIFAは1994年のワールドカップをアメリカで開催することを決定する。FIFAにとって、世界一の経済力を持つ超大国アメリカは、地球上に残された最大の「サッカーフロンティア」だった。その市場を開拓することには、大きな意味があった。そして1994年までに新しいプロリーグを組織することを条件づけた。

 そうして生まれたのがMLSだった。予定より遅れてスタートは1996年となったが、アメリカのプロサッカーリーグとしては最も長寿となり、今年30周年を迎えた。

(3)へ続く
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