
「あの姿は麻生でも見たことがないです」
チームスタッフがこう驚いたのは、4月23日の練習でのことだった。この日、18時からサウジアラビア・ジェッダ市内で始まったトレーニングの内容が、重要な戦術トレーニングへと入っていた時間帯である。
詳細は書かないが、長谷部茂利監督自らビブスを着てピッチ中央で指揮を執ると、相手の守備を意識したうえでの攻撃のイメージを植え付けようとしていた。細かい指示が、大きな声で熱風とともにピッチの上を走る。
「そういう動きでもいいよ」
「そこで前を向いてほしかった」
要求はそれぞれのポジションによって変わる。
一方で、大枠の部分で伝わりきれないと思った場面があったようだ。それまでピッチ中央で声を出していた指揮官は、自らサイドへと移動する。そしてボールを持ってドリブルを開始すると、颯爽と前へ推進して、クロスをゴール前に送ったのだ。
しかも、ただ前に推進しただけではない。その間に、選手にやってほしい動きやプレーを入れながらの前進だった。54歳の誕生日を迎えたこの日、その年齢とは思えぬスピード感と力強さ、何より、監督自身がビブスを着ての実践を披露したことで、その姿がチームに活力を与えたように見えた。