大住良之の「この世界のコーナーエリアから」第144回「スローをブキにしてくれ」(2)ミシャ時代の浦和「興梠慎三スペシャル」と黒田剛監督が多用する町田「必殺のロング」の画像
今季限りでの現役引退を発表した38歳の興梠慎三。彼の存在があったからこそ生まれた、スローインからの攻撃の形があった。撮影/原悦生(Sony α‐1使用)

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回のテーマは、J1で旋風を巻き起こしているFC町田ゼルビアの「伝家の宝刀」について。重要なのは、細かなことをおろそかにしないこと。

■興梠の攻撃センスあっての「投げ方」

 チームによっては、スローインはサイドバックが投げるという厳格なルールがあるのではと思ってしまうこともある。スローインになると必ずサイドバックが来るまで待ってボールを渡し、そこからスタートする。そんなことをしている間に、相手チームはすっかり守備の組織をつくってしまっている。

「ボールは、拾った選手が投げる」―。これが「クイックスローイン」の基本中の基本である。そして拾った瞬間に投げられるよう、周囲の選手がタイミングよく動かなければならない。

 もうひとつ、私が大好きなスローインがある。ミハイロ“ミシャ”・ペトロヴィッチが監督をしていた時代の浦和レッズが、興梠慎三を使ってよく行ったスローインである。スローアーに対して、興梠は斜め前にいる。その外側を、他の選手が上がっていき、スローアーはその選手に投げるように構える。

 しかし、それは「おとり」の動きにすぎない。相手チームがそこに引きつけられた瞬間、興梠は円弧のような動きでまず自陣方向に戻り、そのままのカーブでピッチ中央に向かう。スローアーはそのタイミングに合わせて興梠に投げる。そして興梠がボールを持ったときには、前線の誰にでもパスを出せる態勢にあるのである。

 きっとミシャが夜中に考えつき、忘れてはならないと、ベッドから飛び起きてメモして生まれたに違いないスローインだが、興梠という類いまれなテクニックと攻撃センスの持ち主にして初めて効果的になったものかもしれない。

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