サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような「超マニアックコラム」。今回は、「あれって、何のためにあるの?」
■一枚の写真
さて、サッカー写真で私のなかの「トップ10」にはいるもののひとつに、1996年にブラジルの『Placar』誌で「Volante Plantado(根のはえたボランチ)」というタイトルで発表されたものがある。サンパウロの街中の草サッカーグラウンドを空中(あるいは隣接するビルの屋上から)撮ったものだが、驚いたことにピッチの中央あたりに高さ4メートルもの木が堂々と立っているのである。だがプレーヤーたちはそんなこと気にせずにプレーを楽しみ、木のすぐそばには主審が立って選手に危険がないよう配慮している。
撮影者はアレシャンドレ・バッティブリ。『Placar』誌所属のスポーツカメラマンで、現在も現役として活躍し、昨年のワールドカップも取材しているから、当時はまだ20代だったに違いない。ピッチの中央に大きな木があっても切り倒したりせず、サッカーの仲間として共存している…。ブラジルの持つ「サッカー文化」の奥深さを実感させるものだった。
さて、この写真のサッカーピッチは、赤茶けた土が大きくのぞく芝生で、真っ白な石灰で太々とラインが引かれているのだが、よく見るとゴールエリアが存在しないのである。おそらく1チーム8人、ピッチの大きさも正規のものよりだいぶ小さいのだが、幅30メートル、奥行き10メートルほどのペナルティーエリアは引かれているものの、ゴールエリアはないのである。ゴール前の「長方形」には小さめの「ペナルティーアーク」が引かれているから、ペナルティーエリアであることがわかるのである。
ブラジル人たちの意識には、1996年の時点ですでにゴールエリアは存在していなかったのだろうか。少なくとも、その存在を「無視していいもの」ととらえられていたのは間違いない。
ちなみにこのサッカーグラウンドはサンパウロ中心部の下町「ブラース」地区にあったそうだが、現在は市立の保育園が建てられ、もうグラウンドはなくなってしまっているらしい。ただ、ピッチの中央にあった木はそのまま保存されているという。