■フランコ・バレージとの名勝負

 優れたプレーヤーは空間把握能力が高いと言われている。ピッチという平面上で、敵味方の多数の選手が交錯する中で、まるでスタンドから俯瞰的にピッチを眺めているかのように、逆サイドのスペースや味方の動きを把握する能力だ。

「なんで、そこが見えていたんだ!」

 スタンドから見ている者にも見えないような遠くのスペースを見出す“眼”に我々はいつも驚かされる。賀川浩氏は、それを「マラドーナは偵察衛星を持っている」と表現した。

 1990年イタリア・ワールドカップの準決勝で、アルゼンチンは開催国のイタリアと対戦。1対1のまま延長戦を終え、アルゼンチンが準々決勝のユーゴスラビア戦に続いてPK戦で勝利して決勝進出を決めた。そして、マラドーナが当時プレーしていたSSCナポリの本拠地であるスタディオ・サンパウロがこの試合の舞台だった。

 当日の新聞には「ナポリはイタリアか?」という見出しが躍っていた。

 南北格差に悩まされるイタリア。南部を代表する大都市のナポリだが、北イタリアからは差別的な言辞を弄されることも多かった。その北イタリアからスクデットを奪い取ったのがナポリのマラドーナだった。

 ナポリ市民は、イタリアを応戦するのか、それとも街の英雄マラドーナに忠誠を尽くすのかという選択を迫られた。当日のスタジアムは微妙な雰囲気が充満。人々はイタリアを応援しながらも、マラドーナのプレーにも拍手を送った。

 そして、この試合でアルゼンチンがイタリアの地元優勝の夢を打ち砕いたことによって北イタリアのマラドーナに対する憤りは限界を超えることとなり、その後のマラドーナ追放劇につながっていく。 

 このイタリア対アルゼンチンの試合は、マラドーナと当時世界最高のDFだったフランコ・バレージの戦いでもあった。ともに類稀なる空間把握能力を持った選手同士の対戦だった。

 マラドーナとバレージは、ゴール前で対峙し合った時はもちろん、互いの間隔が20メートル、30メートルと離れている時でも常に互いを意識し合っていた。両者は互いを意識することはもちろん、相手が自分のことを意識していることもまた意識していた。マラドーナがポジションを動かすと数10メートル離れた所にいるバレージも立ち位置を修正した。相手を意図的に動かしてスペースを作ることもある。

 空間把握能力に優れた2人が、ピンと糸を張ったような緊張感を漂わし、緊迫した虚々実々の戦いが120分にわたって続いた。

※第3回に続く

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