■束の間の晴れの日に

 とにかく2頭のヤギは解体され、すべての内臓と筋肉がバラバラになり、骨もきれいに取り外されました。作業の間、お兄ちゃんの方も、子供たちも一言も口を利きませんでした。

 こうして、「ヤギの解体ショー」はアッと言う間に終わったのです。

 中東地域のちょっとした街には必ずレバノン料理屋があります。ちょっとした「高級レストラン」というイメージです。

 レバノン料理屋に入ってテーブルに着くと、すぐにとても食べきれないほど大量の生野菜が運ばれてきます。レバノンは地域で有数の農業国家なのです。そして、ベイルートなどは地中海に面して魚介類に恵まれ、羊肉や山羊(ヤギ)肉などもとても美味です。

 レバノン滞在中には内陸部ベッカー高原にあるバールベックの遺跡の見物にも行きました。ローマ時代からの古い遺跡で世界遺産にも登録されています。そのバールベックまでの道はまさに緑一色の農業地帯でした。

 気候も良く、また地中海を臨んで風光明媚で、あんな美味しい料理があるのです。レバノン料理だけではなく、多くの民族が混住しているだけに様々な料理を楽しむこともできます。本来であればレバノンは天国のような国であったはずです。

 ところが、数多くの民族や宗教が混在するレバノンは1970年代頃からずっと内戦が続いていました。数多くの軍事組織が存在し、シリアやイスラエル軍が介入し、その後ろにはソ連やアメリカ、旧宗主国であるフランスなどの大国の思惑も見え隠れします。

 1990年代にシリアが支配する形で束の間の平和が訪れました。「中東のパリ」とも称されるベイルートも美しく復興しつつある、そんな時代にアジアカップが開催されたのでした。

 しかし、日本代表チームが練習に使っていたグラウンドはイスラム教シーア派の民兵組織「ヒズボラ」の勢力範囲にあり、あちこちにヒズボラの旗が立っていました。

 その後、レバノンは再び戦火に曝され、ベイルートのヒズボラ支配地域なども空爆の対象になってしまいました。あのグラウンドの周囲に住んでいた人たちはどうなってしまったのでしょう? 手際よくヤギを解体していた子供たちは元気にしているのでしょうか?

 ヤギの解体は見事なものでしたが、「国家の解体」は大きな悲劇を生んでしまいました。

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