後藤健生の「蹴球放浪記」連載第30回「ヤギの解体、そして国家の解体」の巻の画像
アジアカップのADカード 提供:後藤健生
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このときの日本代表は、名波浩を中心に、グループリーグと決勝トーナメント合わせて全6試合で21ゴールを挙げるなど、圧倒的な強さでアジアの頂点まで駆け上がった。そんな激闘が繰り広げられているレバノンで、後藤さんはふらっと通りかかった肉屋の店先に目を奪われた。

■下町の往来でいきなり

 最近よく「マグロの解体ショー」というのをやってますよね。昔はそんなものなかったような気がします。実際、僕はいまだにあれを生では見たことがありません。でも、「ヤギの解体」なら見たことがあります。それは「ショー」ではなく、肉屋の前での日常的な作業のようでしたが、僕にとっては「ショー」のように見えました。あまりの手際の良さにビックリしたんです。

 場所はレバノンの首都ベイルートの下町です。2000年にアジアカップで訪れた時のことでした。

 当時の日本代表はフィリップ・トルシエ監督の下、若手を数多く起用しながらチーム作りを進めていました。この年の9月から10月にかけてシドニー・オリンピックがあり、中田英寿など若手主体(U-23+オーバーエイジ)で参加した日本はベスト8進出。そして、その直後にアジアカップがあり、こちらは名波浩などオリンピックに参加しなかった選手がメインでしたが、圧倒的な内容で1992年広島大会以来2度目の優勝を遂げました。

 そんなある日、レバノン市内を散歩していたら、1軒の何の変哲もない肉屋があり、その前を通り過ぎようとしたら、20歳過ぎくらいのお兄ちゃん1人と弟子のような子供(10歳くらい?)2人が真っ白いヤギを2頭引っ張ってきました。兄弟だったのかもしれません。

「おやっ、生きたヤギだ。どうするのかな?」と思って見ていると、突然、お兄ちゃんが短刀を取り出して2頭のヤギの喉のあたりを切断してしまいました。

 喉を掻き切られたヤギは出血して失血死に至ります。その血液はすべてバケツの中に受けますから地面に血液が飛び散ったりはしません。これがイスラムの教えに則った屠殺の方法で、血液は完全に抜かなければなりません。

 最近「ハラール」食材という言葉を聞くと思います。ムスリム(イスラム教徒)は「ハラール」しか食べてはいけないのです。彼らは豚肉はいっさい食べません。しかし、羊でも山羊でもこうした定められたままの方法で屠殺した食肉だけが「ハラール」として認証されるのです。

 さて、血抜きが終ると、後は子供たちの担当のようです。2人の子供は小さなナイフ1つで皮を剥いで、関節や筋肉を一つひとつはずしていきます。

 その手際の良いことったらありません。

 それほど力は要らないようです。要するに解剖学的に無理がないからなのでしょう。腰の関節や脊髄をはずすといった力仕事になると、お兄ちゃんが出てきて大きなナタを持ってきて処理するんですが、その後はまた子供たちの小さなナイフだけで解体が進められます。

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