北中米ワールドカップで躍動した日本代表の左サイドのキーマン、中村敬斗。グループステージ初戦のオランダ戦で価値ある先制ゴールを叩き込み、続くチュニジア戦でも先制点のアシストを記録して、世界にその名を知らしめた。だが、彼のサッカー人生は決して平坦な道のりではなかった。イングランド駐在のサッカージャーナリスト・田嶋コウスケ氏が、18歳で海を渡り、もがき苦しみながらも這い上がってきた25歳の素顔と、その強さの秘密に迫る!
中村敬斗のW杯は、鮮やかに始まった。
初戦のオランダ戦で日本の先制ゴールを決め、第2戦のチュニジア戦でも先制点をアシストした。日本代表の左サイドから、2試合続けて得点に直結するプレーを生み出した。
ただ、中村という選手を語るとき、「今」だけを見ていては見誤るかもしれない。W杯でゴールとアシストを記録する日本代表の主力。その一方で、昨季はフランス2部リーグで戦った。18歳で海を渡ってから6年以上。オランダ、ベルギーで苦しみ、オーストリアで這い上がり、フランスで結果を残してきた──。中村の現在地には、そんな海外挑戦の日々が凝縮されている。
海外への憧れは、子どもの頃からあった。
ブラジルのロナウジーニョに憧れた少年時代。8歳のとき父親とともにブラジルを訪れ、現地でサッカー文化に触れた。リオデジャネイロでは、ストリートサッカーやビーチサッカーを体験したという。
また小学生の頃、中村はマンチェスター・ユナイテッドのキャンプに参加した経験もある。香川真司が在籍していた時代のユナイテッドであり、チームにはウェイン・ルーニーやロビン・ファンペルシーといった名手もいた。
「マンチェスター・ユナイテッドのキャンプは、全日本少年サッカー大会で負けた後に行きました。敗退して夏にやることがなかったという事情もあり、親がキャンプに申し込んでくれて。それで行きました」
当時の中村は、戦術的にサッカーを見ていたわけではないと言う。
「子どもでしたから。サッカー自体をそこまで細かく見ていたわけではなかったです。ゴールが入るか、入らないか。そんな純粋な視点で見ていましたね」
それでも、世界のビッグクラブはまぶしかった。日本代表で活躍していた香川についても「本当に、すごい存在でした」と話す。
やがて中村は、見る側から、世界の同世代と戦う側へ移っていく。

























