1993年の5月15日にJリーグが開幕し、同年の10月28日に『ドーハの悲劇』、そして1997年11月16日の『ジョホールバルの歓喜』を経て、初めてワールドカップ出場を果たした日本サッカー界。このシリーズ連載では、時に人々を歓喜させ、時に人々を悲嘆させた、日本サッカーの歴史を紐解きながら、サッカーに関連する「今日の出来事」を紹介する。
1991年にユーゴスラビアから独立したクロアチアはMFスボニミール・ボバンやMFロベルト・プロシネツキら西欧のトップクラブで活躍した名選手を擁して1998年ワールドカップで早くも3位になった。
日本はフランス大会のグループリーグで0-1、2006年は0-0(グループステージの第2戦)、記憶に新しいカタール大会ではベスト16で対戦して1-1からのPK戦で敗れ、一つの壁になっている。
過去の4試合で唯一の白星は1997年の6月8日に行われた初対戦で、東京・国立競技場でのキリンカップで4-3と下した。
秋にワールドカップのアジア最終予選を控える日本は三浦知良(カズ)の1トップで臨み、前半に初代表のMF平野孝が先制すると、カズが2得点を重ねて3-0。後半にMFアリョーシャ・アサノビッチの2点、FWゴラン・ブラオビッチのゴールで3点を返されたが、89分に交代出場のMF森島寛晃が決勝ゴールを決めた。
国内の親善試合とはいえ、中田英寿、名波浩のパスワークで試合を支配、カズがキャリアでもめずらしいニアサイドに飛び込むダイビングヘッドを決めるなど、攻撃に手応えを得た1戦だった。












